草津市でパッシブデザイン住宅を建てる(後編)
草津市のパッシブデザイン住宅の、リビングルームの日射取得を起点に考えたプランや外観デザインを、M様へいよいよ初回プレゼンテーション。どんなに自信があるプランやデザインであろうと、この時ばかりは緊張します。
初回プレゼンテーションは、外観はM様の当初からのご要望であったモダンスタイルに。また、南側の宅地から距離をとって建物を配置することで、建物全体に南方向からの日射をより長い時間得られるようにしました。その中でも最も日射取得が多いゾーンにリビングルームを配置し、その東側にキッチンを。反対に、隣接する建物の影響などにより日射取得時間の短いゾーンには、水まわりやクローク、そしてガレージを配置することにしました。
また、敷地の北側にある公園の緑を楽しむために、建物の北側にもウッドデッキを設置し、さらに2階の階段ホールを利用したフリーコーナーの窓からも、公園を見おろせるようにしました。
このように、敷地における日射シミュレーションを考慮したゾーニングや空間と空間のつながり方、視線の抜け方、動線計画など、要望に対するファースト・プランについて設計の意図を細かく伝えながら、初回プレゼンテーションを終えました。
屋根形状を「軒ゼロ」に
緊張の初回プレゼンテーションは、うれしいことにM様にもとても満足していただけました。大きな修正の必要もなく、大枠では今回プレゼンテーションした方向で進むことに。そのような中で、いくつかいただいた変更のご要望を次回提案に向けて検討をすることとなりました。
外観の変更としては、屋根の軒(のき)を無くすことに。初回プレゼンテーションでは、片流れ屋根の全周にわたって軒を30~40センチ出す計画でした。軒を出したデザインにしていた理由は、軒があることで日射遮蔽の効果が得られこと、そして外壁に雨が直接かかるのを防ぐことができ、外壁の劣化の速度を抑えられるためです。しかし、M様のイメージされていた外観イメージとは少し異なるということで、軒の無い外観デザインに変更となりました。
軒を無くすことは、前述の通り雨の影響と劣化のリスクを考える必要があるため、単純に要望だからと軒ゼロを安易に選択することはありません。社内での検討の結果、風雨に対して止水能力の高い通気部材を壁面と屋根の取り合いに設置することで、屋根や壁体への通気を確保しながら雨水の侵入を防ぐ工法を採用することで、軒の無い外観デザインを実現しました。
「軒ゼロ」住宅でのパッシブデザイン
軒の無い住宅では、パッシブデザインにおける「日射遮蔽」をどう行うかも課題になります。夏の暑い日射しを軒でさえぎらずそのまま室内に届けてしまっては、急激な室温上昇につながってしまい、また冷房効率も低下します。解決策としては、軒を設けない代わりに日差しを遮る袖壁をつくり、窓を建物の壁面に対して内側に入れることで、「窓に対して軒の機能はあるが、デザイン的には軒ゼロに見える」外観としました。袖壁は、中間期のまだ暑い時期の西日を遮るためにも役立ちます。
【軒ゼロに見える外観と日射遮蔽を両立】
階段の位置を変更してフリーコーナーを1階に
内部のプランについての比較的大きな変更は「階段の位置の変更」でした。2階へ人を招く際に、キッチン横が動線になってしまう事がはばかられるというM様の意見から、なるべく玄関からLDKに入った近い位置へ階段を持ってくる方針へ変更となりました。
【玄関からの導線を考えて位置を変更した階段】
また2階に設けていたフリースペースは、お子さまのリビング学習の場所としても活用できたらという意見から、リビングから目は届くが空間として籠れる場所として、リビング脇へ位置を変更。北側ウッドデッキも、北側公園の緑を眺められる程度の距離感で良いという意見から、プラン変更と合わせて窓の位置や高さを調整しました。
【フリーコーナーと窓からの公園の眺望】
プラン、耐震、空調、パッシブデザインは並行して考える
ここまでは主に外観デザインとプランの考え方についてお伝えしてきましたが、住宅設計においては、性能についても同時に検討していく必要があります。パッシブデザインの性能とプランづくりが密接に関係しているのは、「草津市でパッシブデザイン住宅を建てる(前編)」でもご紹介したとおりです。敷地の中でどこが日射取得に有利かを調べ、そこに最も明るくしたい部屋を持ってくる。そして、そこを起点に生活動線などを勘案しながら間取りを考えていきます。
実は、この段階で耐震性能や空調システムについても並行して検討をおこなっていきます。ほとんどの住宅では、リビングルームが最も広い部屋となります。だからといって幅6メートル×奥行6メートルを超えるような空間となると、それを支える柱や梁も相応な頑丈さが求められます。工法的にはいくつかの選択肢があり、実現は無理でありませんが、いずれにおいても建築コストに大きく影響してきます。コストの経済性を考えながら、隣室との繋がりや視線の抜けなど細部の設計工夫で、実際の面積以上に広く感じられる空間をつくることも、私たち設計者の腕の見せ所です。
【視線の抜けなどが工夫されたリビングルーム】
空調についても同様のことが言えます。バウムバウムの住宅は、多くが全館空調です。第一種換気システムであれば、給排気とも機械換気ですから、給気用、排気用それぞれのダクトを機械室から全館に行き渡らせる必要があります。もしこれが頭から抜け落ちてプランを考えたならば、汚れた空気が滞留する給排気効率の悪い住宅になってしまったり、広大なリビングに架かる太すぎる梁のために、天井裏をダクトが通せないといった事態が起こりかねません。
また冬期に「床下エアコン」で全館暖房する手法も提案していますが、この場合もすべての部屋が緩やかにつながっていなければ、建物内に温度差が生じてしまいます。1階から2階へ、またリビングルームから水まわりなどへも暖気が伝わっていくようなプランを考えなければなりません。
頭の中でプランを組み立てながら、並行して構造や設備を同時に検討することは、工事が進んでいく中で重大な不具合が発生するのを未然に防ぐためにも必須であると考えています。
このようにプラン・構造・空調・パッシブデザインなど、異なる要素について複眼的な視野をもって検討を繰り返す中で、すべての要素において100%の状態を計画に落とし込むことが理想であっても、現実にはそう簡単なことではありません。そんな時、「このお施主様ならどちらを優先されるだろうか」と常に考え、これまでのお施主様とのやりとりで感じたキーワードや想いを寄せ集め、専門的な技術や経験を活かしつつ、お客様になりきって「理想の住まい」について取捨選択をおこない、お客様にとって「丁度良いバランス」がどこなのかを探りながら設計をすすめます。
断熱・省エネ性能はシミュレーションを重ねて
パッシブデザインやプランの考え方以外に、住まいづくりではもう一つ検討しなければならないことがあります。一年を通しての快適な温熱環境と、そのための冷暖房にかかる光熱費についてです。基本的には、まず建物躯体の断熱性能を高め、その上でできるだけ少ない電力の冷暖房により、快適な温熱環境の空間づくりをできるのが理想と言えます。
ただし、前述したプランと耐震性能との関係と同じように、ここでも「バランス」が大切になってきます。「性能とコストのバランス」です。断熱材の厚さや窓のスペックを上げれば上げるほど基本的に断熱性能の数値は高くなります。しかし、その数値は建築コスト上昇とも比例することになります。また、「性能と暮らし心地のバランス」も大切です。熱が出入りしやすい窓の面積を小さくすることで、断熱性能は高くなります。しかし、それでは気持ちの良い眺望や開放感を得られなくなります。また、冬期の日射取得性能も低下します。
このようなバランス関係の「ちょうどよい」を探す目安として私たちが利用しているのが、「エネルギーパス」というツール。これは、一年を通して快適な室内温度を保つために必要な住宅の燃費を、設計段階でシミュレーションすることにより得られる数値です。
一年を通しての冷房と暖房の負荷を見ながら
エネルギーパスで得られた数値を設計にどのように反映するかについて、いくつかを簡単にご紹介します。まずチェックするのは、「年間の必要エネルギー」です。下の表の赤く囲んだ部分になります。
【必要エネルギーのシミュレーション結果】
一年間の暮らしの中で、どのくらいのエネルギーを消費するかを把握します。「換気」「給湯」「照明」に必要なエネルギーは、建物の大きさや設置する機器、家族構成によって左右されるため、基本的には変えられないものと考え、私たちが注目するのは「冷房」と「暖房」に要するエネルギーとなります。
上記の表の例で言えば、年間で冷房に必要なエネルギーが1平方メートルあたり21.0kWh、暖房に必要なエネルギーが44.3kWh、合計で65.3kWh(空調設定を冷房温度26℃、暖房温度22℃にした場合)ですが、これが妥当かどうかを検討します。もし、数値が大きすぎるようであれば、断熱性能が足りない、あるいは冬期の日射を十分に取得できていない、もしくは、夏期の日射の遮蔽に課題があることになります。逆に数値が小さすぎるようであれば、断熱性能のオーバースペックが考えられ、仕様の変更によるコストダウンを検討します。
さらに注目するのが、冷房期に必要なエネルギーと暖房期のそれとの比較です。一般的には下のグラフ(左)のように冷房期よりも暖房期が長いため、暖房に必要なエネルギーの方が多くなります。しかし、冷房と暖房の比率が極端な場合は、設計の見直しをおこないます。
【冷暖房負荷と日射取得量シミュレーション】
設計の見直しとは、具体的にいえばパッシブデザインの効果の調整です。例えば、シミュレーションの結果、「冷房にかかるエネルギーが多すぎるな」となった場合は、日射取得量を減らすために窓のサイズや位置を変更したり、軒の長さを伸ばしたりします。これにより、冷房期の日射取得量は減り、それに伴い冷房に必要なエネルギーも減りますが、逆に冬期の日射取得も減少するため、暖房に必要なエネルギーは逆に増える傾向になります。
そのような差し引きの結果、家の燃費はどうなるか? というと、私たちのこれまでの経験上、冷房期の日射取得量をコントロールするほうが、年間トータルでの必要エネルギーには好影響があることがわかっています。このような冷暖房効率の「ちょうどよい」バランスが見つけられるのも、これまで多くの住宅のエネルギーパスを検証してきた実績によるものだと考えています。
無事に完成して
ここまでお伝えしてきたプロセスを経て、2023年5月にM様邸は無事に完成しました。断熱性能はUA値は0.36(Q値=1.14)、気密性能を表すC値は0.2、年間のエネルギーパスが1平方メートルあたり97.3kWh/年の認定低炭素住宅です。完成後の6月上旬には完成見学会も開催し、多くのお客様にご来場いただきました。